フレンチ ニュー ウェーヴ

3月29日に亡くなった、アニエス ヴェルダの映画、エイズで亡くなった夫である “ジャック ドゥミの少年期” がテレヴィで放送されました。ジャック ドゥミと言えば、下手なんじゃないの?と思うようなカトリーヌ ドゥヌ―ヴが歌うミュージカル映画、シェルブールの雨傘等の監督として有名です。その古いフランス映画を見ていて思い出したのが、肉まん。

昔々、よく姉と今は無き京橋フイルムセンターにフランス映画を見に行っていました。それこそヌーヴェル ヴァーグのヴェルダ、ゴダール、トリフォーなどの映画です。脳みそも何もかもが幼かった私は、さっぱり分からないと首を振り振り家路につくのがいつもでした。
姉妹が揃って映画に行くとなると、当時肉まん作りに凝っていた母は、当然おやつとしてホカホカ肉まんを持たせます。な訳で、ヌーヴェル ヴァ―グ=肉まんは私にとって切っても切れない関係なのです。

アニエス ヴェルダは時々見かけました。と言うのも、写真の発明家ダゲールの名を取ったパリ14区のダゲール通りに住んでいたヴェルダの家の直ぐそばのキャフェが、やはり同じ通りに住んでいた友達とのいつもの待ち合わせ場所だったからです。
ずっと変わらないざるを被せてカットしたようなヘアースタイルとピンクや赤の独特なファッションで、言われなくとも直ぐ彼女と分かります。
いつぞやジム モリソンがそのダゲール通りを歩いているヴィデオを見て、何故あんな所を歩いていたんだろう?と不思議だったのですが、アニエス ヴェルダとジム モリソンは仲良しだったと言うのを最近聞いて、あれはヴェルダの家に遊びに行くところだったんだ、と何十年も経ってから謎が解けました。

以前パリ9区の昔の娼婦の館を探しながらフラフラしていたら、トリフォーがこの家に生まれる、という看板が付いたアパートを見つけました。

まさか、京橋フイルムセンター時代の私が、その後ヴェルダを見かけたり、トリフォ―の家の前を通ったりすると知ったら。。。。
万感こもごも胸に迫ります。

黄色いヴェスト

カルロス ゴーンの件も話題にのぼらないほど、フランスはここ数週間”黄色いヴェスト”一色です。最初はガソリン税の値上げ反対で、車無しでは生活できない田舎在住の人達が車に携帯義務のある、黄色い蛍光塗料のヴェストを着て国道や村の辻に集まって値上げ反対を訴えていました。退職者や無職の人達が多いので、こりゃ長引くなと思っていたのですが、それが、だんだんと極右翼、極左翼達が便乗し暴力的になり、そこに、人生ろくでもないと夢も希望もない郊外の不良たちが、ここぞとばかりに合流し商店を破壊し商品を略奪するという愚の骨頂をしでかしました。石畳をはがしたり、車を燃やしたり、ウインドーを叩き割っている彼らの姿は、ど頭にきて暴れているゴリラのほうがよっぽど品があるわと言った有様でした。つくづく思うに、そういうことをするのは100%男なんだなぁ。

デモ熱はどんどん広がって、高校生や大学生、救急隊、反ラシズム、エコロジストと本来の黄色いヴェストのスローガンと違う団体までが乗り出してきています。
今朝、明日に予定されている4回目のデモに備えてパリ市からメールが届きました。エッフェル塔を始め、ほとんどの美術館やモニュメントはクローズします。デパートは今現在は迷っているようです。そりゃそうです、クリスマス前の週末に閉めるのは大変な損害です。イヴェント、コンサートも中止又は延期となったところも出ました。これは万が一の場合の保険の問題なのでしょうかね。

テレヴィは黄色いヴェストの事ばかり、コメンテーターを迎えての討論会など、全員が一斉にしゃべくりまくり、司会者も負けじと声も高々に抑えようとするので、なんだかさっぱり分からない混沌の極みです。ワオー肉食人種!と痛感します。

確かにフランスは世界でも最も税金の高い国の一つです。それでも、公立の幼稚園から大学まで授業料は無料です。癌、膠原病など長引く病の治療は無料です。世界中から人が集まる様な市立や国立の美術館がこんなに充実しているんです。国籍に関係なく学生は住宅手当がもらえます。これで留学生達がどんだけ助かっていることか。子供が出来れば自動的に援助が出ます。フランスでは何かあってもなんとか生きていけると私は信じています。

明日に備え、パリだけで先週の約2倍の8000人の治安部隊がパリを守ります。特別装甲車も出陣の用意がされました。
と、書いた所でアラいけないと,空の冷蔵庫を見て慌てて買い物に出ましたところ、家の隣のホテルも近くの保険会社も銀行も板を張ってがっちり防御万端です。
かと思えば、パリ市の忠告も屁の河童で、来るなら来い、受けて立ってやる!といつも通りの営業を通すという構えのお店やレストランも多くあります。絶対的に狙われる場所の絶対的に狙われる物を売ってるブティックが、”店は閉ません、我々が守ります!”と断固屈しないという、右に倣えができない正しくフランス人気質があちらこちらに現れて面白い。

 

あまりにも速いテクノロジーの進歩に追いつくことが経済的にも能力的にもできないと、どんどんおいてかれて貧富の差が益々大きくなるのでしょうね。その置いてけぼりにされた人達の鬱憤があっちこっちから噴火したということでしょう。
あ~電気も車もご法度なアーミッシュになりたい!と願う人はきっと私だけではないでしょうね。

 

 

 

 

 

 

パリのワールドカップ

ムワムワ暑いバスの4人掛けの座席によっこらしょと座りましたら、既に座っていた3人が俯いて真剣顔をしていました。横目で観察していると、頷いたり、手を広げたり、ため息ついたり、3人同じリアクションをするんです。1人は30代位の地味なデブ気味男性、もう1人は可愛い20代のほっそりした女性、そして40代のおばちゃん。3人の共通点は見当たりませんし、彼らは真っ赤な他人です。そのうち、亀の歩みのバスから見える外から、地響きのような怒濤が湧きあがりました。何の事件かと目を見張れば、そこら中のキャフェから道一杯に膨れ上がっている人間が狂喜乱舞していました。その1分後位にバスの3人も拳を振り上げました。なるほどサッカーです。テレヴィでの実況中継と、ネット中継とではかなりの時差があるんですね。

65%のフランス人がワールドカップを見ているそうです。パリには、こんなにあって良く商売が成り立ちますねと思うほどキャフェがありますが、そのほとんどが、ワールドカップの為に大型テレヴィを設置してサッカー中継を流しています。テレヴィを置かない気取ったキャフェは閑古鳥です。キャフェからはみ出た人達は立ち見でちゃっかり見ています。まるで昔々、近所で最初にテレヴィを買った人の家に窓越しにテレヴィを見に行く貧しい庶民の恰好です。

 

 

ブティックに入っても、パソコンにかじりついている店員はお客そっちのけ。

そのような情熱に同感できない私は、家でテレヴィが点いているから仕方なく試合を眺めていても、目に付くのは余計な物ばかり。壁に出るコマーシャルで中国語だけで出ていたりして、中国語を解しない少数の人間の事は頓着しないというダイナミックな考えには感動さえしました。

ヘディングが悪いのか禿が多い選手の一々に、あの人いくつ?と息子に聞いて、28歳、なんて聞くとつくづく気の毒になったりします。

準決勝が決まった日は、もう優勝したかの勢いで、凱旋パレードの定番、シャンゼリゼ通りが賑わいました。その日は大学進学資格のバカロレア全国統一試験の結果発表があり、学校の終業式でもあり、ヴァカンスに突入した幸せ絶頂のフランスでした。
 

 

 

 

 

 

 

ゲホ ゲボ ゲオ

あ~良い天気、なんて浮かれてなんていられません。だって天気が良い=大気汚染発生という図式が出来上がるからです。パリはピークの時は北京に負けない大気汚染数値になります。
世界で年間7百万人が大気汚染の所為で死亡しているという恐ろしい数字が出ています。これは、エイズや車の事故よりぐんと高い死亡原因の数字です。
そして、世界の10人に9人が汚染された空気を吸っているという、これまた恐ろしい昨今です。
 

 

大気汚染に弱いのは、子供や年寄り。私はもう子供ではないので、この年寄りカテゴリーとして、大気汚染被害者です。咳が始まれば100日は咳をし続けるという苦悩の日々が続きます。胸の辺りに疲れを感じる時など、肺癌、又は喉頭癌なんてのもあり得るかしらと想像しているのですが、大気汚染が引き起こす悪い事は、脳溢血、狭心症、早産、男性の生殖能力低下等、なんだか関係ないようなところまで及んでいます。特に男性の生殖能力低下っていうのは、え~?と思ったのですが、大気汚染の代表国インドはもうじき中国を追い抜く勢いで人口が増加していますが、不妊問題も増える一方だという記事を読みました。
大気汚染ランキングは、世界容認基準の5倍の汚染率をキープしている中国、インドが断然だろうと思い込んでいましたら、アフガニスタンが圧倒的な1等賞でした。
へ~と思う事ばかり。

今年も専門医に予約をしたのですが、取れた予約日は2か月後。いつ咳が始まるかハラハラです。雨の日だけ外出して、文字通り息をひそんで隅の方に引っ込んでいます、としたいところですが到底そうはいかず、ばっちい空気に身をさらしています。
フランスは農業国なので田舎に行っても空気は農業によって汚染されていて、地方都市は工場により汚染されていて、とどこに行ってもろくな空気ではないようです。
パリにも酸素バーがあるので通おうかしら。純粋な酸素をガンガン吸えば汚れたフィルターを洗うように私の肺もすっきり綺麗になるのかしら。

 

 

 

 

 

 

私の教会

ヨーロッパでは、何にも無い地味な街でも取りあえず教会は街の見るべき物として存在します。なのでヨーロッパでの生活が長いと相当数の教会を見ることになります。私は教会大好きなので近くを通れば必ず中に入ります。パリの街中の教会はノートルダム寺院やサン ジェルマン デ プレ教会、サクレクール寺院などの観光スポットの教会以外は殆ど人がいません。静かで薄ら暗い教会の中に少し座っているだけでいいのです。よっぽど立派な教会にひょっこり出くわすと、日本からのお客様にご案内したいなと熱心な商売心が動きます。

多分教会の中にいると心を開いた様子でいるんだか、神父さんに話しかけられ、言葉を交わすことがあります。その中でも良くおしゃべりするのが、ノートルダム寺院の神父さん。彼の経歴が面白くて、東京大学で20世紀のフランス文学を教えていたんですって!へっ、宗教学とかラテン語とかでなく、フランス文学、それも20世紀の?彼の見かけや職業と全くかけ離れています。”またなんだって東大で?”と聞くと、”僕は教会の人間だからソルボンヌで教えることができないんだよ”と痛憤いうより悲しげでした。

フランスはフランス革命以来、宗教と政治、教育は切り離されています。ですので公立の学校は宗教色を出してはいけません。市役所などにも一切十字架などありませんし、クリスマスの伝統的な飾りのクレッシュもありません。という訳で神父さんが公立の学校で教鞭を取ることはできないのです。

彼とはとても楽しい会話が続くのですが、難はそれが途切れることなく永遠のごとく続くのです。お客様と一緒の時は、彼に会いませんようにと神様に祈りながらご案内します。

奇跡のメダル教会のシスターとも仲良しです。クリスマスには、あなたの為に祈りましたよ、と書いたカードを送ってくださいます。ありがたや、ありがたや。

教会にぼんやり座っているだけでなく、ちゃんとお勉強にも行きます。多くの教会が定期的にガイドツアーをオーガナイズしています。参加者は基本爺さん婆さんです。毎回感心するのですが、彼らの物知り具合は素晴らしいです。聖書の出来事やフランスの歴史、画家や彫刻家、建築家などの事をまぁよく知っています。教会のそこら中に書いてあるラテン語まで読んでくれちゃったりします。この人がガイドすればいいのにと思うような爺さんもいて、そんな人達といるとこちらまでほんのちょびっとだけ教養ってものにあやかれる気がします。

観光中でも通りかかった教会に足を休める為ででも入ってみてください。練習しているパイプオルガンを聞けたり、嬉しい発見があるかもしれません。

 

 

 

 

 

ヴィクトル ユーゴ パリを救う!

日本のゆとり教育の真っ最中だった甥がパリに来た時、彼のぼんやりした頭を急き立てるようにあちゃらこちゃら連れまわしていたある日、ほれここがヴィクトル ユーゴが住んでいた所よ、とマレ地区のヴォ―ジュ広場の回廊を歩きながら誇らしげに話しても反応なし。なんとヴィクトル ユーゴを知らないと告白しました。アイヤーァ。

軍人の父を持つ厳格な家のぼんであったヴィクトル ユーゴは19世紀のフランスを代表する文豪であり政治家でもありました。”ノートルダムのせむし男” ”ミゼラーブル”というミュージカルにもなっている小説といえばピンとくるかと思います。

19世紀のフランス文学なんかは読んでいなくていいのですが、しかしこの小説のお陰をもってパリの歴史的建造物が救われたとういう事実は忘れてはいけません。

例えば、パリ観光地でトップを争うノートルダム寺院。フランス革命で略奪されて散々な状態になった寺院は、すっかりみすぼらし廃墟の様になり、崩壊されるのを待つばかりの有様になっていたのが、”ノートルダムのせむし男”の小説のお陰で話題になり、皆に思い出されて、壊すなんてとんでもないと修復作業が始まり今私達を感動させてくれるパリの大切なスポットになっています。

パリの下水道もそうです。小説 ”ミゼラーブル” の舞台になり、そやそやと認識され今のように整備されました。見学できるので是非美しいパリの裏側を体験してみて下さい。

カルチエラタンにある1世紀にローマ人が造った古代競技場も、トラムを通すために壊される計画があったのですが、ユーゴが会員になっている古代競技場友の会の反対運動のお陰で、パリで一番古い建造物として今でもローマ人の形跡をしっかり残しています。

1885年、ユーゴが亡くなったと発表された日は国会も閉会されました。お墓はもちろんフランスに貢献した人を埋葬するパンテオンです。

日本では教科書にも載らなくなったようですが、フランスでは殆どの街にヴィクトル ユーゴ通りがあります。地元フランスでは偉人なヴィクトル ユーゴ。

昔は学校で暗唱する詩のリストに詩人でもあった彼の詩が必ず載っていたそうです。

”僕、シャトーブリアン以外になりたくない”と言ったほど子供の頃から物書きだったユーゴは名言を沢山残しています。その中でも ”生きている者とは闘っている者だ、運命の高い険しい峰をよじ登る者のことだ” という言葉にはふんふんと首をこくこくします。

女性に対する情熱も熱かったのですが、子供もとても好きで、孫をうっとり眺めながら ”子供がいつもよちよちしているのは、天国の思い出にまだ酔っているから” なんて言う素敵な言葉を残しています。

ヴォ―ジュ広場のヴィクトル ユーゴ博物館は、19世紀のアパートの造り、装飾の傾向などを見るだけでも面白いと思います。無料だし、是非どうぞ。

 

 

 

 

 

 

エクトール ギマール

9月から始まったギマールのメザラ邸の一般公開。絶対絶対行かねば、と心に刻んだものの、週末のみなので中々時間が取れず、その内すっかり忘れてしまっていたのが、たまたま近くを通ってもメザラ邸の前に来てポスターが貼ってあり、アラ何かしらと読むまで思い出さなかったという重症さでした。大変大変明日までじゃないの。

翌日、気軽にのんびり夕方に行ってみりゃ行列を作っています。後ろに並んだマダムが”だ~れもいないと思って来たのに”と言ったのを、私も、私の前に並んでいたマダムも同時に振り返り、”私もそう思った”と合唱しました。
 

 

 

 

 

エクトール ギマールとは、パリのアール ヌーヴォーの代名詞的な地下鉄のくねりとした入り口をデザインしたあの人です。ロンドン、ニューヨーク、シカゴ、ブタペストの次、1900年に遅ればせながらパリに地下鉄が登場しました。先越された口惜しさに何とか奇想天外な皆を仰天させるデザインを公募。既に”悪魔の館”などとスキャンダルになったカステル ベランジェを造り、地下鉄会社の社長さんちの居間のインテリアも手掛けて、ギマールの独特のセンスは証明済み。ギマールにポンと木槌は打ち落とされました。

 

 

張り切って数種類の奇妙な地下鉄の入り口をデザインしたというのに、お次のアール デコの登場でアホな事に半分近く壊されてしまいました。
時は第一次世界大戦が始まりました。余計な飾りがクニャクニャ付いているアール ヌーヴォーはコストが高くつきます。もっとすっきりいこうや、その方が安いし、という事でアール デコが登場し、アール ヌーヴォーは流行遅れで悪趣味ね、と落っことされました。ギマール自身、第一次世界大戦が始まるやとっとと愛妻の国アメリカへ移住してしまった為、人々も彼の事はころりと忘れてしまいました。

文部省が持ち主のメザラ邸は最近まで、羨ましい事に近くの高校の女子寮でした。さて今後どうするかの合間に、ギマールアソシエーションが扇動して、一般公開をしてくれたのです。内部をなんとか見たかった私は、手を取らんばかりにメルシ―を連発しました。

 

 

 

 

 

 

ギマール作の内部を見たのは初めてです。妄想を裏切らずユニークです。建築、室内装飾に家具のデザインもギマールです。彼は何にでもデザインが思い付くようで結婚式の愛妻のドレスも靴も手掛けたそうです。

それで、これからここはどうなるのですか、の私のしつこい質問に、肩をすくめるばかり、”「ギマール」、「アール ヌーヴォー」ってタグあんまり人気じゃないのよね。” ”そんなことないでしょ、ベル エポックの要じゃないですか” ”本当にそうなのよね” と眉毛は下がったまま、肩は上がったままのギマールアソシエーションの面々。

 

コルビジュエの作品は日本でも見られますが、ギマールやラヴィロットなど突飛なアール ヌーヴォーの作品は日本では中々見られないと思います。
建築好きな方、パリにいらしたらお見逃しなく。キフキフパリでもご案内しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

シャンゼリゼのクリスマスマーケットさようなら

フランス人が世界で一番美しい通りと思い込んでいるシャンゼリゼ通り。はて、”シャンゼリゼ”ってどういう意味かご存知でしょうか?ギリシャ語で”極楽浄土”という意味だそうです。そのパリの極楽浄土はクリスマスともなれば、豪勢なイリュミネーションに浮かれて、そりゃ飲めや歌えやとはじける為に世界中の人が集まってくる場所です。その中でもパリ最大のシャンゼリゼのクリスマスマーケットは1千5百万人の訪問者、2千人の人が働いて、250件のお店が出店しています。私も毎年日本からのお客様をご案内します。

 

 

そのシャンゼリゼのクリスマスマーケットが今年は無くなりました。今頃それは賑やかだった場所は、薄ら暗く人も歩いていなくて、ぶるりと寒さが増すような風景になりました。
 

 

 

 

 

クリスマスマーケットの興行主のマルセル カンピオン氏とパリ市との契約が切れたので2017年から更新しないということです。何故パリ市側は更新しないかとの理由は、屋台の内容がクリスマスマーケット本来の内容とかけ離れて行き、商業主義だけが目に付くようになった為。要するに悪趣味で貧乏たらしい、くだらん物ばかり並べて世界一美しい我らのシャンゼリゼ通りに相応しくない!という意味です。

それまで代々のパリ市長とは、いろいろな賄賂が功を奏して上手く付き合っていたカンピオン氏は、今の市長ともさっきまで仲良くしていたのに、と晴天の霹靂の大仰天だったことでしょう。

噂では、大金持ち会社LVMHのベルナール アルノーが裏にいるとか。ブーローニュの森のルイ ヴィトン財団の横にある、パリっ子なら小さい時1度は連れて行ってもらったことがある遊園地、アクリマタシオンが今大工事をしていて5月に再オープンします。このアクリマタシオンは1860年にナポレオン3世がオープンしたという由緒正しき遊園地です。それがパリ市とそれとベルナール アルノーとが所有者なんだそうです。ブイブイのビジネスマンのアルノーがここでパリの興行ビジネスに乗り出して、小ぎたないカンピオンの屋台をどかして、シャンゼリゼに相応しいデラックスでシックなクリスマスマーケットをやろーってんじゃないか?
いくら賄賂をつぎ込んでも、ベルナール アルノーには敵いませんがな。現にパリ市は来年からは違った趣旨でシャンゼリゼのクリスマスマーケットは復活する可能性大と言っています。
 

この大観覧車もカンピオン氏の所有ですが、市長はこれも,歴史的建造物に囲まれているコンコルド広場に全くもって似つかわしくないので撤去したいという意向です。