パリ万国博覧会

不景気を何とかふっ飛ばそうとしているのか、オリンピック誘致も失敗したパリは2025年に向けて『万博を開催したいです!』と申し出ました。
パリ万博と言えば、エッフェル塔が建設された1889年の万博が先ず思い浮かびます。フランス革命時、バスティーユ襲撃100周年に開催された万博です。この時はオランダのビールのハイネッケンがグランプリを取りました。
それから1900年のパリ万博では今も健全なグランパレ、プチパレ、アレクサンドル3世橋が建設され、アールヌーヴォーが流行った時代です。
前々から気になっていたのに、いつも直ぐ忘れて行きそびれていた、”インド館”という名前だけでもいたくそそられる所の事をポンと思い出し、今から行ってもいいですかと電話をして走って行ってきました。いちいち電話予約をしなければいけない所なんです。それに実際は走って行けるような距離でもないんですが。
この”インド館”はエゲレスの、後にエドワー7世になるプリンス ギャルが1878年のパリ万博に参加する為に建てさせたパヴィヨンです。万博が終ったらちゃっちゃと壊すのがお決まりの万博作品。エッフェル塔だっても終ったらサイナラの運命だったんですものね。このインド館もそうなる運命だったのですが、フランスに亡命していたルーマニアのプリンスが一部を買い取って、パリ郊外クルブヴォワに持っていた土地に息子のアーティストの嫁の為のアトリエとして運んできました。要領としてはプレハブ住宅のカラクリです。
しかし見上げた舅です。大体にしてアーティストの女なんて全く認められない、家族の恥さらし的ポジションだった時代にですよ。
bagatelle 004左の木造の部分がインド館です。実際、嫁はレセプションや展覧会に使っていました。右側のレンガ造りの部分は嫁のアトリエでした。今はボーザールの彫刻科の学生に提供しています。何故彫刻科の学生かと言いますと、一番初めにこの恩恵を受けたのが、オペラ座の”ダンス”の作品で有名なカルポーだったからです。
bagatelle 023インド館の内装はたいしたことないです。その辺の小洒落たカレーや屋の方がよっぽどゴージャスです。しかし窓の向こうにすっきりエッフェル塔が見えるんです。ってことは、エッフェル塔が出来上がって行く過程がすっかり見えていた訳です。
ともかくは、歴史的記念建造物には指定されています。
 
bagatelle 032インド館のついでに買ったのが、スエーデン,ノルウェー館。ここは美術館になっていて、もちろんカルポーの作品も持っています。
この館は、シャン ドゥ マルスの大きなパヴィヨンの中に展示したあったインド館と違い、外に展示してあったので、造りが丈夫です。
 
他にもフランス中に、パリ万博で使ったパヴィヨンがいくつか残っているそうですが、あまり上手く活用しているようではありません。
今ミラノでやっている万博の各国のパヴィヨンは素晴らしいいですね。終った後のパヴィヨン達の運命が楽しみです。

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