パリの新聞社シャルリー エブドが襲撃されて、大きな大きなデモの様子をテレヴィで見ていて、『私はシャルリー』に混じって『我らヴォルテールの子供』とか『ヴォルテールの国』とか書いたプラカードが目に付きました。何故ヴォルテール?と無知丸出しのはてなをほっといたままでした。ヴォルテールと言えば、まず百科事典を作った人でしょ、啓蒙主義の哲学者でしょ、ぐらいしか浮かびませんでした。
今日久し振りにパンテオンへ行きました。あの広大な空間が私は好きです。いつも空いているし。
あー気持良いと暫く天井をひっくり返りそうになりながら眺めてから、ほんだばと地下へお墓参りに降りていきました。すると、今ここは見学できませんと係りの人が通せんぼします。『何故?』『これからカンファレンスが始まりますから。』『何の?』『ヴォルテールの寛容論と啓蒙についてです』『誰の為に?』『どなたでも参加できます』『じゃあ私参加します』『ハイどうぞ』
ヴォルテールの専門家のパリ大学の教授のお話が始まりました。最初は耳をうさぎにして聞いていたのですが、何はともあれ寒い。地下納骨堂の中、ヴォルテールのお墓の横です。外はいいお天気なので裸足でサンダル履きの足はポキンと折れるほどに凍ってきました。
鼻水を垂らしながらの1時間半のお話で、あのプラカードの意味が解りました。『私はあなたの意見には反対だが、あなたがそれを主張する権利は命を賭けて守る』とは今の彼の態度だった。という名言からだったんですね。要するに、表現の自由、言論の自由を謳っている訳です。あ~1つ利口になったと嬉しかったです。
ついでに、前フリーメイソンを見学に行ったとき、ヴォルテールはベンジャミン フランクリンの紹介でメンバーになったと言っていたな、と余計な事まで思い出す事ができました。
パンテオンとは、重病から回復したルイ15世が、パリの守護聖女ジュヌヴィエーヴのお蔭で治ったと思い込み、お礼に建てた大聖堂です。ローマのサンピエトロ大聖堂に負けないように立派な物を!という命令まで出しました。今ではヴィクトル ユゴー、アレクサンドル ドュマ、エミール ゾラなどが眠っています。
おかしいのは、ヴォルテールと仲が悪かったルソーのお墓が2人向き合って安置されているんです。そして、マリー キュリー婦人と旦那のピエール キュリーのお墓は2段ベットみたく重なっているんです。それも4人部屋なのに、2人だけで1部屋を占領しています。按配を考えた人の配慮にゲラっとします。
パリ観光では日本の方はめったに訪れないパンテオンですが、フランス文学ファンの方には感動のスポットだと思います。