フランスの徴兵制度

今のところフランスは、徴兵制度の名残で16歳から18歳の男女ともに、ある日突然招集令状が来て、フランス国民としてフランスを守る心構えを学ぶ1日講習会に行く義務があります。
高校卒業試験のバカロレアの試験の時に講習会を受けましたという証明書の提出を求められます。

家の息子は移民の子なので、ずっと日本国籍でした。18歳になってからフランス国籍を取得したから忘れられたのか、その1日講習会の招集令状を受け取らないまま今になっていました。

数カ月前、”招集に応えたという証明書がないと大学卒業証明書を出してくれないって!!!”と真っ青なSMSが息子から送られてきました。
だから?あたしにど-しろっての?とピッとスマートフォンを切ってバッグに放り込んだのですが、ってことは次の学校へは行かれなくなるのか?今行っている学校は私立なので、そんなめんどくさいこと言われなかったけど。。。
と、子を思いやる母の気持ち。
結局翌日私が、朝から雨の中区役所へ問い合わせに行きました。区役所の人達は皆優しい人が多いのにはいつも驚くのですが、今回も優しいおばちゃんが、心配ないわよ、この書類を提出すればバッチリよ。と手際よく整えてくれました。直ぐに息子にメールで送ってあげました。ありがとうございます、母さん!の返事で一件落着。

数日後、”ちゃんと招集令状じゃなきゃダメだって!!!”とまたもや真っ青な息子からのSMS。あーこれは意地悪根性に当たったな。”もう直接軍の管轄に電話して、早う呼んでくれと頼みなさい” メールと電話でほとんどハラスメント的にせがんで、やっと3月21日に招集されます、というメールを受け取ったようです。

ナポレオンの時代は6年間の徴兵でした。時代と共にどんどん短くなって1日講習会までになったのに、マクロン大統領は16歳の男女共、1か月泊まり込みの徴兵制度にしようとしています。
先ずこの6月から試験的に2000~3000人の16歳の男女の有志をフランス13県の中から募るそうです。もちろんその13県にパリを含む県は入っていません。
関係者の頭を痛めているのは、アホな16歳の大集団を一体どうしたもんか?何処に寝かせるんか?一体全体幾らかかるんだ?
若者からは、その”義務”っていうのが気に食わない、とフランス人らしいご意見。
30代の若い友達が1日講習会に行った時は、退屈で最悪な1日に備えて皆マリファナ吸ってた、と言っていました。
もう1人の同世代の若者は、え~心臓マッサージとか人工呼吸のやり方とか教えてもらったし、帰りにボールペンもくれたし構面白かったよ。と相反する見解。
はて、あの子は????

 

 

 

 

 

 

テレヴィが見られなくなると。。。。

フランスの家庭ではどこもそうだと思うのですが、インターネット、テレヴィ、電話がパッケージになっています。なのでテレヴィをつけるのには、テレヴィ本体のリモコンとネットのボックスのリモコンの2つを必要とします。そのネットのボックスのリモコンがえらい我が儘になって、反応したりしなかったりの状態が続いていました。テレヴィが無くとも平気な私はあまり気にせず、その問題を解決しようとはつゆとも思いませんでした。

朝方帰って来たばかりの息子が目覚まし掛けて土曜日の朝から起きてきました。てっきり学校に行くのかと思っていたら、テレヴィの前で前のめりに構えています。一向に反応しないテレヴィに頭から湯気を立てています。その様子を見て、幼き頃の私の父の事を思い出しました。

父が夜家に帰ってきて、テレヴィが壊れていると、雷ゴロゴロ、雨ザーザ、風ブワンブワン大嵐になります。

特に野球中継があった日にやぁ、オズの魔法使い並の竜巻まで加わります。

なので、夕方私がアホ面さげて見ていたテレヴィがいきなり消えようものなら、真っ青になって母はいつもの電気屋に電話します。我家の事情を良く知っている電気屋も、すわと緊急出動してくれます。父の帰宅前に無事テレヴィが直り、皆やっと呼吸ができるようになって、全員で大きく息を吐いてニッコリ、というのが良くあったんです。何故たかが野球位で????といつも思っていました。

さすが今時の若者、直ぐに自分で対応策が出てきます。スマートフォンからアプリでテレヴィの操作をしてすんなりと大切な大切なオーストラリアオープンを見ることが出来ました。

大阪ナオミが優勝したおかげですっかりご機嫌の息子は、優しく、リモコンの故障のクレームを出しておいた方がいいんじゃないかな、僕は時間がないんだけど。。。。。。暗に、おかんやっといて、と言いました。

あ~、なるほど、クレームね、と思いもしなかったアイディアにその場で電話をしました。

家はフリーというプロバイダーと契約しているのですが、前もここの電話対応のフランスらしからぬ素晴らしさを書いたと思うのですが、今回も素晴らしかった!

名前を言うと、”あら日本人?” ”はい” ”オハヨウゴザイマス、アー イマワ コンニチワ デスネ”

”日本語勉強しているの?” ”スコシ” 漫画ではなく日本のドラマが好き、とマニアな女の子。日本語は発音はとても易しいけど、読み書きは地獄のよう、韓国語は読み書きは簡単ね。などと話しは切りが無いほど続きそう。それでね、私が電話したのはね、とやっと用件を伝えると、ろくに調べもせず”今直ぐ新しいリモコン送ってあげます”といとも簡単に解決。テクニシャンとの会話の後に、アンケートがあるのですが、当然全て大満足。

アッと言うまに届いたリモコンに気が付かづ、相変わらずスマートフォンでテレヴィを操作している息子。

しばらく放っておこう。

 

 

 

 

パリが好きな訳

”パリのどこが好きなんですか~ぁ?”とよく聞かれます。”便利さと美しさという相反する2つの事の、美しさを選んでいるところが好きなんです”なんてアホみたいに、気取り風吹かしてお答えすることもあるのですが。。。

先日まで手首を痛める程ぶ厚いマン レイの伝記を読んでいました。マン レイと言えば、パリを愛したアメリカ人の”写真家”、という認識だったのですが、本人は写真家であることに大層嫌悪し、あくまでも油絵の”絵描き”でありたいと切望していたなんて知りませんでした。マルセル デュシャンとそんなに親しかったというのも知らなかった。等々伝記を読むのは楽しい発見があります。第一次世界大戦と第二次世界大という2つの大戦の間の平和な時期。世界中のアーティストがパリのモンパルナスに集まっていたベル エポックにマン レイもパリにいました。住んでいた所も遊んでいた所もモンパルナスの周り。本を読んでいても、あ~、あそこね、と直ぐ頭に浮かびます。

マン レイのアトリエ兼住居

 

 

 

 

 

 

晩年のアトリエ

 

 

 

 

 

 

いつもお昼を食べに行っていたレストラン

 

 

 

 

 

 

モンパルナス墓地のマン レイ と妻ジュリエットのお墓

 

 

 

 

 

 

映画 ミッド ナイト イン パリでも出てきた、パリに集まった世界中のアーティスト達の溜まり場、ガートルード スタインのアパート。

 

 

 

 

 

散歩がてらこんな風に、過去の事が確認できるパリが好きなんです。