黄色いヴェスト 当日

今日、デモの日は結局パリの右岸がざわざわしていましたが、左岸はいつもより静かな感じでした。先週の様な暴力的な破壊行為も少なく、テレヴィでは治安部隊、警察の戦略がばっちり上手く行ったと褒め合っていました。そりゃそうでしょう、もう一度先週のような大惨事になってでもしたら、救われないほどの能無し警察です。3度目なんだから被害が少なくなるのが当たり前です。

電車でパリに着いた乗客の荷物検査、車でパリに着いた人の車のトランク検査、シャンゼリゼに行こうと歩いている人の荷物検査と徹底的な予防を張りました。テレヴィで、女の子がもう11回荷持つ検査されたと言っていました。まだ午前中です。

人間だけでなく、警察犬まで出っ張って、悪い奴に早く噛みつきたくてうずうずした様子で待機していました。騎馬警察の馬は催眠ガスなどから守る為皆お揃いのメガネをかけてデモ隊を追い返していました。偉いもんです。

そんな騒ぎも川向うの出来事といった塩梅に夜はモンパルナス界隈のシアターなどは満席、レストランもいつもの土曜日の様に繁盛しています。

デモにパリに来た黄色いヴェストの人達がそんな光景を見たら、益々脳天に来ることでしょう。

来週もデモをやるなどとなれば、警察だってもう一度今日の様にパリだけでも8000人の治安部隊を集合させるなんてできないでしょうし、増してやよりもっと厳戒になんて無理な事でしょう。彼等も相当くたくたです。

さ~さ~、マクロンがどのような手を打ってくるか????

 

 

 

 

黄色いヴェスト

カルロス ゴーンの件も話題にのぼらないほど、フランスはここ数週間”黄色いヴェスト”一色です。最初はガソリン税の値上げ反対で、車無しでは生活できない田舎在住の人達が車に携帯義務のある、黄色い蛍光塗料のヴェストを着て国道や村の辻に集まって値上げ反対を訴えていました。退職者や無職の人達が多いので、こりゃ長引くなと思っていたのですが、それが、だんだんと極右翼、極左翼達が便乗し暴力的になり、そこに、人生ろくでもないと夢も希望もない郊外の不良たちが、ここぞとばかりに合流し商店を破壊し商品を略奪するという愚の骨頂をしでかしました。石畳をはがしたり、車を燃やしたり、ウインドーを叩き割っている彼らの姿は、ど頭にきて暴れているゴリラのほうがよっぽど品があるわと言った有様でした。つくづく思うに、そういうことをするのは100%男なんだなぁ。

デモ熱はどんどん広がって、高校生や大学生、救急隊、反ラシズム、エコロジストと本来の黄色いヴェストのスローガンと違う団体までが乗り出してきています。
今朝、明日に予定されている4回目のデモに備えてパリ市からメールが届きました。エッフェル塔を始め、ほとんどの美術館やモニュメントはクローズします。デパートは今現在は迷っているようです。そりゃそうです、クリスマス前の週末に閉めるのは大変な損害です。イヴェント、コンサートも中止又は延期となったところも出ました。これは万が一の場合の保険の問題なのでしょうかね。

テレヴィは黄色いヴェストの事ばかり、コメンテーターを迎えての討論会など、全員が一斉にしゃべくりまくり、司会者も負けじと声も高々に抑えようとするので、なんだかさっぱり分からない混沌の極みです。ワオー肉食人種!と痛感します。

確かにフランスは世界でも最も税金の高い国の一つです。それでも、公立の幼稚園から大学まで授業料は無料です。癌、膠原病など長引く病の治療は無料です。世界中から人が集まる様な市立や国立の美術館がこんなに充実しているんです。国籍に関係なく学生は住宅手当がもらえます。これで留学生達がどんだけ助かっていることか。子供が出来れば自動的に援助が出ます。フランスでは何かあってもなんとか生きていけると私は信じています。

明日に備え、パリだけで先週の約2倍の8000人の治安部隊がパリを守ります。特別装甲車も出陣の用意がされました。
と、書いた所でアラいけないと,空の冷蔵庫を見て慌てて買い物に出ましたところ、家の隣のホテルも近くの保険会社も銀行も板を張ってがっちり防御万端です。
かと思えば、パリ市の忠告も屁の河童で、来るなら来い、受けて立ってやる!といつも通りの営業を通すという構えのお店やレストランも多くあります。絶対的に狙われる場所の絶対的に狙われる物を売ってるブティックが、”店は閉ません、我々が守ります!”と断固屈しないという、右に倣えができない正しくフランス人気質があちらこちらに現れて面白い。

 

あまりにも速いテクノロジーの進歩に追いつくことが経済的にも能力的にもできないと、どんどんおいてかれて貧富の差が益々大きくなるのでしょうね。その置いてけぼりにされた人達の鬱憤があっちこっちから噴火したということでしょう。
あ~電気も車もご法度なアーミッシュになりたい!と願う人はきっと私だけではないでしょうね。

 

 

 

 

 

 

イラつかせるパリジャン

パリの地下鉄に乗っててチッとするのは、

まだ人が降りていないのに我先に乗り込んでくる奴等。

又はドアが閉まりそうになるまでのったりのったり降りてくる奴等。

3人席の所に広がって座って、前に人が立っても詰めようとしない奴等。

イヤホーンから大音響を漏らしている奴等。

スマートフォンで永遠のおしゃべりをしている奴等。

臭い奴等。

混んでいるのに、折り畳み椅子に座っている奴等。

エスカレーターで左に立って、行くてを塞いでいる奴等。

昼食後の腹ごなしの散歩をしているような速度で歩いている奴等。

こんな場面で一々毎日キッとしているのですが、パリジャンをイラつかせるリストという記事を読んだらこの殆どが載っていました。

日本では、ホームにきれ~に列を作って、降りる人、乗る人の美しいハーモニーがあります。

車内どころか道ででもスマートフォンで話している人は見かけません。

日本で臭い人はいないのですが、皆同じ匂いというのはどういった訳なんでしょう。

日本で電車に乗ってへッと思ったのは、若い人が率先して席に座る事。パリでは高校生位迄殆ど席に座ることはなく、座ってても直ぐに私の様なおばちゃんに譲ります。日本の子供達はそんなに疲れているのでしょうか?

こういう両国の違いが面白い。

 

 

 

 

 

 

 

帰国 高松編

”帰国”と言っても、私の母が待ちに待ってる永遠の帰国ではなく、ほんの一瞬の帰国でした。
御用があって高松へパリから先ず到着しました。初めての地です。
どんなところか調べて初めて、香川県、瀬戸内海、うどん、瀬戸大橋、金毘羅山、そして直島というキーワードを見つけ本当にびっくりしました。直島のエクスポジションを何年か前にボン マルシェで見てどげなところだろう?随分と遠い、ちょっとやそっとでは行かれない所と思っていました。なのに、ホテルの直ぐ横の波止場から1時間フェリーに乗ったらそこは直島。ホテルの部屋からも真っすぐに向こうに直島が見えるじゃないですか!
俄然元気が出て船の時間、島での移動手段など調べ始めたのですが、午前中しか時間が無く、車も無い私にはちと無理かしらと諦めました。あ~あ!もう2度とここに来ることはないだろうに、直島さんさようなら。

とっても静かな高松の夜は仕事関係の知り合いと居酒屋に居座っていました。暇そうなお店の兄さんに、直島ってどーよ?やっぱり良いとこ?午前中しか時間が無くても行ける?など未練たらしく直島にこだわって質問すると、あちらの方はガイドさんだから聞いてみたら、とカウンターの反対側に座っていた兄さんを紹介してくれたというか、強引にちょっとこっち来てよと呼び込みました。でかいビールジョッキーを抱えて素直にこっちに移ってきてくれたガイドさん。

物を口に入れる暇も無く質問攻めにされて参ったのか、”あのぉ~、僕明日休みなので、もし良かったら車出しましょうか?” とんでもない、そんな折角のお休みの日に、申し訳ないです。と一応大人っぽくご辞退申し上げたのですが、顔は正直にうんうん嬉し~ぃと出ていたようです。皆かなり飲んでいたので、翌朝覚えているのかなと不安になりながら約束の場所に行くと、すっきり爽やかな装いでガイドさんは待っていてくれました。

草間彌生のドット柄の直島行きフェリーは時間ピッタリに出航し時間ピッタリに直島に着きました。先ず直ぐ目に付くのが草間彌生の赤いカボチャ。う~んんんん。
車でクルリと島全体を回りました。風呂屋や家プロジェクトや黄色いカボチャなどのインスタレーションなども見たんですけれどもね。なんか違うんだな。
ずっと、う~んんんん~んと唸っている私の様子にタジタジしちゃってるガイドさん。

2時間の直島滞在中、唸ってばかりの私。

 

 

何があんなに世界中の人を引き付けているのか分からない私はあんぽんたん?
ともかくガイドさんのお陰で行けたことに最大の感謝をしています。

結局、地元の方達のお陰でキーワード全てを制覇しました。うどんなど、グイグイ山の中の竹林の中にある、かぐや姫の家みたいな小汚い素敵なうどん屋で、1杯200円と言われても、はっ?2000円?なんだって?いくらだって?と頭が混乱する値段にこれまた感動しました。
それにしても地元民のうどんの食べるのの早い事早い事。私なんかがあのぶっとい讃岐うどんを3本食べているうちにもう食べ終わっているんですから。

全てが上手く行き、皆が幸せになって、思い出が一杯出来た高松。ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

パリの弁当スタイル

以前もブログに書きましたが、パリでは弁当持参が増えています。経済的にも時間的にもランチを食べに行く余裕がない人が多くなったようです。サンドイッチやリンゴやバナナなんかを歩きながら食べているのはよく見かけますが、最近はフォークや箸を使って食べるような物まで、歩きながら食べている人も増えました。

先日見かけたショック。地下鉄の斜め前に座っていた30歳前後の白人青年。1リットルは入る様なタッパーを抱えて、もそもそ手づかみで食べています。サングラスをしているのを良い事に、顔は真っすぐ、目玉は目いっぱい横にして観察してみますと、手づかみで食べているのは鶏肉のささみそのまんまの大きさを茹でたか、蒸したかした物2つ。後はポロポロしたライスです。このライスをどうやって食べるのかを見たくて横目していたのです。だってどう見てもインド人じゃありませんもの。ところが1つ目の鳥のささみに集中していてなかなかライスを食べません。あ~もう降りる駅が近づいちゃう。一層見届ける迄このまま乗ってよかと本気になった頃、やおら2つ目のささみを手に取り、一口齧っていい塩梅にしたのか、そのささみをスプーンの様に使ってライスをすくって食べるじゃありませんか。ライスと共にささみも食べたりと誠にうまい具合にやっていました。
かなりの量のライス、それも味も素っ気もないような見た目です。だんだんお腹も膨らみ、飽きも来たのか、頭を掻いたり、ため息ついたりしながらも黙々と食べ続ける青年。一人暮らしの学生や貧乏な働く青少年達のランチなんてこんなもんなんだなぁと、家の息子に見せてやりたいと思いました。

超簡単な数秒でできるようなサンドイッチはやっぱり好きではなかったようで、パスタかなんかはあるかな?なんてある日聞かれてから、私の弁当作りも二手間位増えました。まぁ、出来る時だけですけれども。

先日は若い友達が遊びに来てきくれて、そのまま泊まっていきました。翌日仕事に行く日本食が大好きな彼女に、日本のお弁当を作ってあげるなんて何かの勢いで言ってしまったものの、彼女がヴェジェタリアンになったことをすっかり忘れてました。肉無しでどうしたもんか?我が家には誰も使う人がいない可愛い日本の弁当箱に入れて、見掛け倒しで何とか詰め込んだニッポン風弁当を作って思ったのは、日本の弁当は何種類もの物を彩りよろしく入れなくてはいけなくて、毎日なんて作ってられないわ。日本の母さんは偉い!もちろんその日は息子は弁当無し。

 

 

 

 

 

 

 

 

パリのプチパレ、若冲展

昨日、バスで帰ろうとプチパレの前を通ったら誰も人が居なくて、もしや若冲を独り占めできるのかしらと、ふらりと階段を登って行きました。チケット売り場には、行列用に七曲りにロープが張ってあるところを見ると、やはり若冲は話題沸騰になったようです。

初日に見た私は、フランス人の友達に会えば、”JAKUCHU 見た?”と話題にしていました。皆、”話は聞いたけど。。。。”と乗り気薄し。”見てみ、東京やワシントンじゃ大行列で、入場するのに最大の忍耐と体力を要したモナリザ級の展覧会だったんだから” と言うと、ぐっと乗り出してきて”そうなの?” そして皆 ”今、見てきた、マニフィック!” とプチパレを出たその足で、興奮したメッセージを送ってきます。

東大、多摩美の名誉教授である、辻惟雄先生の講演会でのお話がもう爆笑もんでした。先ず出で立ちからして、もう私の笑いのツボに嵌りこんで大変でした。
日本語、フランス語の同時通訳のヘッドフォンが用意されています。辻先生は一度頭に付けたそのヘッドフォンを自分が話す時も放さず、そうすれば口から日本語、耳からフランス語という難儀な状況に陥ります。さすがに近くの方に、先生お取りになってください、と言われても、そんな物がわが頭に乗っかっていることも気が付かなかったというお顔をされていました。
「老松白鳳図」の真っ白なフェニックスの羽に描かれている真っ赤なハート柄の事がとっても気になるようで、”このハートが何処から来たのかを考えます事に、多分トランプの、あや、今トランプと言えばあのアメリカの方と直ぐ思われてしまいますが、そうではなく英語で言えば、「ぷれいんぐ かーど」の事です。そこから来てるんじゃないかなぁ、とも思うのですが、はてその時代、日本に「ぷれいんぐ かーど」なるものが果たして輸入されていたのかも疑問なのですが。。。” 
「貝甲図」にお化けがいるとか、とても辻先生の楽しい会話術を文章にすることができないのがいかにも残念です。

周りはフランス人ばかりだったので皆同時通訳を聞いています。いくら同時と言っても、タイムラグはあるわけで、その中で私一人がゲラゲラ笑いの先頭に立つのですが、辻先生の話すリズムや言葉選びは日本語で聞いてこそ爆笑もんなので、続くフランス人の笑いはハハハ程度で、身を捩って笑っている私を見て笑っているフランス人がいたほどです。横目で一足早い私の反応を見て、おー可笑しなこと言ってるんだな、と笑う用意をしている隣人もいました。

次の方の順番になり、一旦下がった先生は、その方が終わるや、今度は顎の下にヘッドフォンをぶら下げて再び登場。打ち合わせと違うので、周りはあたふた。
”えー、先ほどの「ぷれいんぐ かーど」ですが、現代見られるハートやスペードやダイヤやクローヴァーという図柄にしたのはフランスでして、白鳳のこの赤いハートは要は”あむーる”(ここで、いひゃひゃひゃ~ぁと心から嬉し気に笑われる先生)と私は思っております。”
もう、涙が止まりません。
こんなお父さんとか旦那さんが家に居たら素敵だろうな。

空いていると思って中に入ってみると、初日に比べたら随分多くの人で、熱心にメモを取っている若者が多く目に付きました。名前だけ聞いて、ジャック チュという中国人かと思ったというタワケもいましたが、展覧会が終わる頃にはパリ中の人に知れ渡る名前でしょう。

 

 

 

 

 

 

パリの楽しいお医者さん

フェイスブックをしていると、毎日の様に、”今日はOOOOさんのお誕生日です”というメッセージを受け取って、その度にびっくりするのは、へっ又あの人お誕生日!?
月日が経つ速さが恐ろしい勢いで増しています。ブログも、しまったしまった、2週間ぐらい書いていないなぁと反省していたら、何と1か月近く無しのつぶてをしてしまいました。ここで再び心底びっくりしました。若者の動きと我が身の動きを比べて見れば、1日にできる事の量の差は歴然です。彼らは1回聞けば済むのに、わたしらは、何回も念を押さなきゃ気が済まないし。その間に、若者を事を済ませています。こんなことですから、あっという間に時間に追い越されてしまうんですね。

そんな塩梅でいるもんですから、まだまだ先と思っていた、肺のレントゲンやアレルギーのお医者との予約も直ぐにやってきました。前回行った時に処方された薬のお陰か随分と改善し、薬を飲むのも忘れていた程でした。

レントゲンの結果を待っている間、レントゲン技師が、妙に真剣な顔付でやってきて、”マダムミツイ、もう一度いらしてくださいますか” と。”おーおー、陰でも見つかったんか?又は肺が真っ白になってたんか?”と急ぎ足で後に続き、もう一度レントゲン室に入れられました。”直ぐ終わりますからね” はいパチ。何だ、1枚取り忘れたんか。問題なし、全て正常、の結果を持ってアレルギー先生の元へ。

アレルギー先生、レントゲンの結果を見て、これは素晴らしいですね。喜ばしい、喜ばしい、と嬉しそう。今日はこの中に入ってあなたの肺活量やら細々検査しますよ、とガラス張りの電話ボックスのような中に入れられました。”あなたはスキューバーダイビングをなさったことはおありですか?” ”まさか、無いです。” ”ではこんなのくわえたことないでしょう”と両手で掲げで見せてくれたのは、正しくシュノーケルの口に入れる部分そっくりな物。しかし、シュノーケルのそれよりずいぶんと大きいのです。”歯を後ろに、舌は前にして” など言葉で説明されると曲芸みたいで、そんなことできるのかと不安になりました。はい、お口にすっぽり入れて、と号令かけられてもこんなでかいの入るのかと取り越し苦労しながらも、ドアは閉められ検査が始まりました。
もうたまりません。オーケストラの指揮者のごとく、”はい、大きく息を吸って~ぇ”と思いっきり背伸びし手を振り上げる先生。”ブーと思いっきり息を吐いて~ぇ、それ!”と体ごとのジェスチャーでオーダーします。
”さぁ今度は普通に呼吸して~ぇ” と、胸を張って真剣に呼吸してみせる先生。見ないようにして、笑っちゃダメダメと念じていても、吹き出る笑い。
”おやおや、そんなに楽しいですか?あ~初めての方には楽しいでしょうね” ”とっても上手ですよ、良いんですよ、その調子で、でももう1度やってみましょうね”と何度もやり直す羽目に。

結局、まだちょいと問題があるので、もう少し弱い薬を続けて服用するようにとのことでした。
次の予約は3か月後。そんなのちょっとよそ見している間でしょうね。という事はもうすぐクリスマス。
くわばらくわばら。

 

 

 

 

 

 

あ~、してやられたぁ~。

期間限定で特別公開なんていうのに滅法弱い私。それも”グランパレの地下700メートル初の一般公開!” 即予約しましたよ。
グランパレは1990年のパリ万博の為に建てられたエクスポ会場です。その万博が終わったら、当時の大スター建築家、デザイナーのコルビジェの、とっとと壊して ”20世紀のアート美術館” を造るというアイディアが認可されたのですが、コルビジェが亡くなって、計画も頓挫し、お陰をもって今現在も堂々とセーヌ川の横に立ちはだかっているグランパレ。
 

 

予約の日、職業柄時間より早めに着いたのですが、とってもフレンドリーな係りの可愛い子ちゃんに、こちらにお座りになってお待ちくださいね、と案内された木陰の椅子で本を読み始めたら、すっかり何しに此処に居るのか忘れて、あらあら、早く早くと可愛い子ちゃんに急き立てられました。

15人位のグループでいよいよグランパレの秘密の地下へ向かいます。案内の兄さんは、僕はアルピニストで、夏の間ここで井戸掘りのバイトをしています、とスペイン語圏の人らしく、ざ、じ、ず、ぜ、ぞ、が言えないフランス語が不自由らしい人。修復工事をしていて建設当時の地下700メートルの井戸を発見したとかぺらぺらぺらのお話をヴィデオなども見せながら説明。
エレヴェーターで地下に降りて行くにあたって、普段工事人の為のエレヴェーターなので、早い速度で降りて行くので、途中気持ちが悪くなるかも知れません。
下の方にはガスが発生してますが、体に影響はないガスです。しかし鼻の下にこれを塗っておいてください、とヴィックスのミントのポマードを皆に回します。
臭い匂いはかなわないわ、と大量にポマードを付けて白い髭の様になっている人を皆で笑ったりしながら、期待に鳩の様に胸を膨らませてエレヴェータに向かう一団。
エレヴェーターの入り口には、発掘していて見つかった、缶だとか皿だとかヨーグルトの瓶などが展示してあり、皆19世紀の終わりの品々にノスタルジックになりました。

四方真っ黒な正方形のエレヴェーターの真ん中にテーブルがあり、その上に何やら詩のような物が書いてある紙が数枚、建設当時の設計図など置いてあります。テーブルの周りに皆が立って、ガタガタゴトゴト、せこい遊園地の乗り物の様に揺れながらエレヴェーターは下降し始めました。途中、兄さんは紐を引っ張ってエレヴェーターの小窓を開けて下降している事を見せてくれました。
エレヴェーターが止まると、兄さんはテーブルの上の一枚の紙の ”このエレヴェーターに乗った我ら皆兄弟、一致団結” 的な文章を読み上げ、皆拍手。”はい、では上に上がります” ”へっ” ”降りないの” ”出られないの” ”?????”。の皆の問いかけに、”とても危険ですから出るなんて不可能です” キツネに抓まれた私達。そこに、兄さんの携帯が鳴り響きました。
 

 

 
 
眉間に目一杯の皺を寄せて対応している兄さん。”すみません、具合が悪くなった者がいるようなので彼をこのエレヴェーターに乗せてもいいでしょうか?”
皆大喜び!何と、真ん中にあるテーブルの上板を外すと奈落の底の様な地下が見えました。ヘルメットをかぶった3人の人が宙づりになって壁にへばり付いています。
”どーした?” ”気分が悪い、病気だ!” ”ご案内しているお客様が居るけど、このエレヴェーターに乗って来い、皆んさんOKだ” ”そうだそうだ、早く乗りなさ~い” と叫ぶ私ら。彼ら同士のこの会話はフィンランド語?見たいな聞いた事も無いような言葉にフランス語が混ざっています。それにしても妙に暑い、汗だらだら。のそのそしている3人。バカなのか1人が逆方向に降りて行きます。私ら唖然。”あの人何しているの????” そのバカはぐっと下まで下がって、何やら蓋を開けると、地獄の窯の様にゴーゴーと真っ赤な炎が燃え上がりました。”何やってんだっ、早く閉めろー” と大あせりで叫ぶ我らの案内人の兄さん。このあたりで、ゲラゲラ笑いが起こりました。全くもってしてやられました。
最初っから最後まで、完全なるお芝居。最後まで真剣眼で、大丈夫でしたか?と演技をし続ける兄さん。結局あの暑さから考えて、私達は2メートル位しか降りてないんではないかしら。
出口で、よくぞ無事に戻って来られましたね、ご苦労様でした、とお水なんか振る舞われました。最後のダメ押しが、ボランティアで井戸掘りを手伝ってくれる人を募っています。ご興味のある方はここに記入してください。結構な人が名前、電話番号、メールアドレスを記入していました。
スタッフ全員、役に徹して全く素晴らしいすっとぼけっぷり。

有料だけど、この大掛かりないたずらには誰も文句は言わないと思います。
それにしてもあの穴は本当だったのでしょうか?あの穴の底のゴーゴー怒ったような炎は何だったんでしょうか?

 

 

 

 

 

 

綺麗な足が勢ぞろいな夏

世界中が”こんなの初めてだ!”と言う気候を体験した2018年。フランスも洪水やら酷暑やらで散々な目にあっています。パリも溶け落ちるかと思うような暑さが長々続いていました。1日に軽く5リットルは(ワイン含む)の水分をお腹が壊れる勢いで取っていました。行かなければいけない所も、行きたい所も、まぁいいかと後回しになり、仕事以外の用はなるべく外に出ず、暗くした快適な家の中でひっそりしている毎日を送っていました。

35度、37度が続いていた日々は、老いも若きも女性はヒラヒラ風通しのよさそうなワンピース姿でした。最近売っているワンピースはどれも膝上10セッンチ以上の短めなので、前も後ろも横も生足だらけ。そこでつくづく発見したのですが、最近のフランス人は皆綺麗な足をしているな。細く長く、何処までも真っすぐな足がとっても多くなりました。前は真っすぐだけど、ムッチムチの足が一杯あったのに。どうしたことでしょう?

アメリカ人だったら足元はビーサンだろうけど、パリジェンヌは素敵なサンダルをきちんと履いています。足をむき出しにするからか冬よりヒール姿が多いです。

長い足というのは、異性を強く引き付ける要素だそうです。私でも女性の綺麗な足には怪しまれる程うっとり見惚れますもの。あ~、我々呪われた日本人はどうしたらいいのか?

今、スポーツのヨーロッパチャンピオン大会をやっていて、たまに息子が家に居るとテレヴィはその番組がつけっぱなしになっています。何気なく見ていて気が付いたのですが、カエルみたいな3段跳びの選手達は、皆足が長いと見て取りました。足の長さが物を言う競技なんでしょうか?

そんな暑々の日々が続いたある日、いきなり最高気温20度を割るという突飛な気温になり、皆さっとジャケットを羽織るという、いつもながら感心するフランス人の洋服のスタンバイぶりです。これも衣替えと言うシステムがないからできる技です。私も、12度という気温の朝から出かけた時は長袖に大判のスカーフにブーツという出で立ちで、前日の風通しの良いビラビラした服装から一転しました。

翌日も誠に素敵なお天気の最低気温12度、最高気温24度。翌々日は最高気温26度、これは8月のパリの平均気温です。湿気が無いので、木陰でぼんやりしてたらブルリとしてしまいます。

これで、猛暑、酷暑も一段落して、本来の素敵なパリの8月が続くことを切に願っております。もうおばさんは暑さに耐えられない体になりました。

 

 

 

 

 

怒っちゃダメ!

色々な事柄がちゃっちゃと進まないのがフランスの普通、と言うと、こっちもよ、という声がアメリカ、イタリア、スペイン、エゲレスなど世界中から返ってきます。

先日、12時45分の医者の予約に12時40分に着いて、間に合った!とホッと本を読み始めました。ハッと気が付いて時計を見ればもう13時50分。どんなに遅くとも14時には家に帰って、着替えて15時の約束には間に合うというのがその日の腹積もりだったんです。本と時計と待合室のドアの3か所を順番に睨みつける忙しない時間を過ごすこと35分。2時間近い遅れです。やっと診察室に入れば、”少しお待たせしちゃったわね” ”いえいえ、すっごく待ちました” の私の言いぐさにムッとした空気を醸し出す医者。医者に機嫌を悪くされては怖いので、愛想良くさっさと話題を変えました。明日からヴァカンスなの、とウキウキの医者は、9月に又いらっしゃい、お待ちしてますよ。と円満の微笑みで送り出してくれました。

スーパーでワインを6本買いました。他に夕食用に色々買ったのですが、レジの会計で、はっ?て金額を言われました。”何かおかしくないですか”と言うと、”あっちで聞いて、ともかくこの金額を払ってください” 長蛇の列なので、おとなしく支払って、受付カウンターのこれまた長蛇のしっぽに着きました。やっとこさの順番に”このワインの値段違います。”と見せると、受付の2人のピーチクババアは、パソコンを叩いて、このワインはこの値段よ、と2人で言い張ります。負けずに違うと言い張る私。仕方ないわねと何故か2人してワイン売り場に見に行くババア。もちろん私が正しいのですが、このワインがこんな安いなんてね、あなた良く見つけたわねと褒めてくれました。私の後ろにも人がどんどん並んでいます。モノプリという日本でも有名な大手のスパーだけあって、返金はカードに即されていました。

郵便物が届いています、いついつ以降、何処何処の郵便局に取に来てください。と留守の間に来た配達人のメッセージ。翌朝遠い郵便局までバスに乗って取りに行けば、”あなたの郵便物はまだここに届いていませんね” ”何で?” ”あ~、配達人が日にちを間違えて書いてしまったんですね、明日以降にここに届きます”
”あ~あ、こんな遠くまでせっかく来たのに”としょんぼり帰ってきました。翌日の夕方、再び郵便局、同じ係りの兄さん。”あれ?無いですね” ”何で?” ”どうやら違う郵便局へ行ってしまったようです” 少々うんざりした様子を私がしたようで、係りの兄さん、”お電話番号を教えてください、状況が分かり次第ご連絡し、配達し直します” かなり機転が利いて、親切心が強い兄さんです。忙しくしていて電話を受けることもできなかった翌日の夕方、留守電に”配達したのですが、お留守だったようで、郵便物はこちらの局に戻ります”というメッセージを聞きました。翌朝早く3度目の郵便局へ行こうとして、留守の宅配通知表が見つからず大いに焦りました。ええ、もうええわ。と顔パスを狙ってそのまま出かけました。
すっかり顔馴染みになった兄さんは、”ご機嫌いかがですか?昨日はお留守だったようですね” と他のお客さんをおっぽって私の郵便物を探しに行ってくれました。手ぶらで戻って来る兄さん。”まだこの郵便局に戻ってきてません” ”何で?” ”10時頃にトラックが来ます” 私がうんざりする間も与えず ”私が午後直接お届けします、えーとパン屋があってホテルがある辺りですね”と、私が指定した変てこな時間帯に本当に来てくれたのには驚いたもんです。増してや、本好きな友達が、読み終わった本を時々送ってくれるのですが、日本からのその本の小包だったもんだから、嬉しさも一入でした。

このような事態で一々怒っていたら直ぐに禿になります。やれやれと肩をすぼめるぐらいにしておけば、何だかほんわりする落ちに終わるのがフランスです。