パリのお一人様

よーく見回してみますと、私の周りは一人者が殆どです。一度も結婚していない人もいれば、少なくとも一度は結婚した人とか、死別した人とかと状況は色々ですが、カップルとしての生活を営んでいない人ばかり。良い人がいりゃ考えなくもないけど、今更誰かと一緒に暮らすのも相当の勇気がいるわな、というのが皆の思いです。

面白い記事を読みました。心の支えは誰ですか?のアンケートで、
日本人、アメリカ人、ドイツ人、スエ―デン人の男女で調べた所、男性はアメリカ人以外全て心の支えは妻でした。アメリカ人男性は子供が心の支え。打って変わって女性は4か国揃って、心の支えは子供ときっぱりでました。
子供さえいれば旦那はいらないとよく聞きますが、本心のようですね。反して男性はやはり嫁べったりになるようです。嫁はんに先立たれた旦那は直ぐ後を追うと言いますものね。
それにしても心の支えが子供というのは危険極まりないと思います。親の思い通りにならないのが子供ってもんです。子供は自分の人生をぐんぐん行きますので、そこに親の場所を作ってくれる奇特な子供なんて,まぁいませんがな。私自身がそんな子供なのですから。いまだに私の母はいつ私が日本に戻って来るのか首を伸ばして待っているのです。他に誰も居ない、妻だけを心の拠り所にしている旦那と2人で支え合って生きて行くのが正解の人生だと思うのです。が、これが又超難問。

一人者ばかりなので、誘い合って遊ぶのも手軽にできます。週末プチヴァカンスに行ったり、昼間っから飲んだくれたり、夕方からキャフェのテラスに賑やかに陣取って夕食作るの忘れたりと女の人は自由を楽んでいられます。これじゃ誰かに束縛されるなんてまっぴらごめんだわとなる訳です。

一方、一人身の男性は癌などの病気になる確率が非常に高くなるそうです。

中国では、5人に1人の男性が結婚どころか、ガールフレンドも居ないと言います。これはアメリカが仕掛けた産児制限の結果、圧倒的に女の子の数が少なくなってしまったからです。アメリカって他所の国の事を何でもコントロールするんですよね。日本も韓国もインドもアメリカによって産児制限させられたんですからね。アメリカは発展途上国の人口が増えると共産主義になると危惧しているそうです。ほっとけ。
女性の数が少なければ、貧乏人にとって大金が必要な結婚なんて夢の又夢、破れかぶれになって少女誘拐が多発しているそうです。

パリジェンヌ(女)の半分は独身です。独身といっても結婚していないというだけで、1人でおとなしくしているパリジェンヌ(女)なんているわけがなく、アヴァンチュールを楽しんでいるはずです。パリジャン(男)だって半分近くは独身なんですから、いくらでもその辺歩けば良い人にぶち当たりそうですが、そうは行かないのが人生ってもんです。

なんでもカップル単位だったフランスも、最近は夜のレストランなどでもレズでなく女性同士やホモでなく男性同士で楽しそうにテーブルを囲んでいる風景が多く目に付くと感じます。映画やコンサート、展覧会など私は一人で行くのが好きなのですが、そんなお一人様は結構います。

 

 

 

私の憧れは船乗り。1年に2か月位しか陸に上がってこないような。そしたらうんと優しい良い嫁になれるのにな。早く帰ってきてね、なんて本気で言えるような。誰かいないかなぁ。

 

 

 

 

 

ヴェルサイユ宮殿へオペラ鑑賞に行こう!

ヴェルサイユ宮殿の中にオペラ座があるのをご存知ですか?宮殿見学では入れない場所なので、”あらそんなのあるの?”と首が前に突き出た方も多いかと思います。
1770年、ルイ16世とマリー アントワネットの結婚パーティーの為に造られたオペラ ロワイヤル ドュ シャトウ ドゥ ヴェルサイユ。ルイ14世の時代から構想はあったのですが、中々ピンとくるアイディアが無かったり、財政難だったり、戦争が忙しくそれどころでなかったりで実現に至らず。

 

 
それまでは大掛かりなパーティーはその都度仮設しては壊し、仮設しては壊しでお茶を濁していました。いよいよ孫ルイ16世が結婚という事で、ルイ15世が建築家をイタリアへ視察に行かせたり、本格的にオペラ座建設が始まりました。何はともあれ結婚式の日取りに間に合わせるのは絶対です。やればできるフランス人、何と22か月で完成させました。

内装は全部木製、大理石と見える柱も目くらましの木です。当時は蝋燭が照明でしたので、火災の危険が大だった為、大きな貯水タンクが設置されていました。
客席の床はギシギシする板張り。椅子はベンチです。それも今は小さな背もたれが付いていますが、当時は背もたれ無しの本当の長椅子でした。
オペラ上演の他、舞踏会、宴会、コンサートなど多目的ホールとして使用できるよう、2日がかりで床をせり上げ舞台と同じ高さにして広い平面にするなどのカラクリがありました。

 

ルイ16世とマリー アントワネットの婚礼パーティーに完成したので、あまり長い間使用されていません。何しろフランス革命が起こったのでヴェルサイユ宮殿自体、家具など略奪されたうえで長い間放置されていましたから。オペラ座も国民議会になったりしながらも1950年まで放っぽりぱなしでした。罪な事です。
2009年、再び公演できるよう舞台部分の大改造をしましたが、美しい客席部分は当時のままです。そして2009年からオペラやコンサートを開くようになりました。ハレル~イヤ~。

次回は3月9日、10日にオペラ、3月17日はピアノのコンサート。という感じで月に2~3回催されます。

面白い裏話ですが、パリガル二エのオペラ座の舞台部分は1mm違わずここヴェルサイユ宮殿のオペラ座のコピーです。建築家のガル二エさん、時間がなくて色々研究する暇がなかったので、手っ取り早く当時ヨーロッパナンバーワンと言われたヴェルサイユ宮殿のオペラ座をそっくり頂いたわけです。

オペラを見ながら是非18世紀のフランスの美の集大成の中にとっぷり浸ってください。貴重な体験間違いなしです。

プログラム、予約等はキフキフパリまでお問い合わせ下さい。喜んでお手伝い致します。http://kiffekiffe.com/contactus

 

 

 

 

 

 

パリ造幣局でフェミニズムを考える

パリの造幣局、何と9世紀から今に至っても操業している最古の政府機関です。オサレ地区サン ジェルマン デ プレにも近いセーヌ河沿いにある18世紀のでんとした館がそれです。
お金なんて造る硬くて、古臭い場所という造幣局に対する偏見を払しょくさせられる大変身を遂げ、現代アートを次々に紹介しています。
3つ星レストラン ギー サヴォワも呼んで、アートにグルメと人受けする空間を作りました。
 

 

 

近くを通ると、そやそやと覗いてみるのですが、先日も最終日の「WOMEN HOUSE」をそやそやと見に行ってきました。題名から想像して、”フェミニストのエクスポか、きっとエグイんだろうな”と覚悟して見たのですが、やはり想像を裏切らずじっくり見たくないという作品も多くありました。

フェミニストというのが良く分からないのですが、決定的に違う、男と女を何故同じにしなければならないのでしょうか?
人間を産むのは女性にしか出来ないんだから、例えば、仕事に関してでは、妊婦と小学生までの子供がいる女性を雇っている”会社”は、国からたっぷり補助を貰えたら、会社としてもお母さんウエルカムの雰囲気になるんじゃないかしら?補助を貰うからには、お母さんの欠勤や早退は快く認めてあげなければなりません。
子供は、病気の時などいざとなったらお母さんが必要なんですから。子供が泣くとき”ママ、ママ、”と叫びながら泣きますでしょ。
世界中、幾つになっても”おか~さ~ん”、”マンマミヤ” なんですから。お父さんなんてダメ!
”このおっちゃん、ほんまのおとうなんか?”というミクロ大の疑いは体のどっかにあるんです。おかんは一心同体でしたからナノ大の疑問もありません。どこの誰が、切羽詰まった時に”おと~さ~ん”なんて呼びますか。聞いたことない。
このあたりの件に関しては男性は大いに嫉妬していると思います。
体の造りだって犬と猫ほどに違うし、脳みその構造だって違うのに、何故同等にならなきゃいけないの?などどエキスポをフラフラ見ながら考えていました。

六本木ヒルズにもある、フランス人彫刻家、ルイーズ ブルジョワの作品。題名は「マンマ」

 

 

 

 

 

ここパリの造幣局では、現在は記念コインや勲章、宝飾品などを造っています。貨幣博物館としてそちらの方の見学もできます。

Hôtel des Monnaies
11 quai de Conti 75006 Paris

 

 

 

 

 

 

ルーヴル美術館ご案内!

パリに住んでいて幸せを噛みしめるひと時が、”あれちょっと見て見たい”と思ったらバスに乗って、すいとルーヴル美術館へ行けること。めっちゃ混んでいたら電話をすればするりと入れるという裏技もあります。えへへ。

何しろ1分間に50人の入場者がいるような世界一人気の美術館です。オルセー美術館は見学しやすく、絵も印象派など分かりやすい、安心して鑑賞できる展示物なので突っつきやすいのですが、ルーヴルは元宮殿だけあって、建て増し建て増しで迷路の造りだし、血だらけのキリストや首切りの場面だったり、暗い色合いのおどろおどろしい作品を大量に見せられて、よけい疲れてしまいます。全部見る為には、1点に付き10秒かけて96時間かかり、展示室だけでサッカー場の10倍、403部屋あるとのこと、覚悟が必要です。

キフキフパリがルーヴルをご案内する場合、決して外せない作品を網羅するハイライトコースだと1時間30分位。3時間のじっくりコースだと、こんな所もあるんだと、人も疎らなお部屋もご案内します。
そんなコースの中でも私が好きな部屋はシュリ―翼1階の、、王の間の控えの間だったブラックの天井画があるアンリ2世の部屋です。

パリの3大美術館はルーヴル、オルセー ポンピドゥ。それぞれ持ち場があって、ルーヴルは先史時代から19世紀、オルセーは2月革命があった1848年から第1次世界大戦まで、それ以降がポンピドゥ、と区分されています。
 

それなのに、その古さが売りのルーヴルが天井画をピカソなどと同時代のブラックに描かせたというのだから嬉しくなります。
天井画を描いたブラックは当時70歳。この作成で心底疲れ果てたブラックに対して、映画監督のヒッチコックが”アメリカのうちの居間にも同じの描いて、ご存じのように何しろ私は”鳥”とは縁が深いんだから”と頼んだけど、あえなく拒否され、ブンブンにヒッチコックは怒ったそうです。
 

 

 

そして、シュリ―翼、地階にあるサル カリアティードも、おーここでモリエールなんぞが演じたのか、この上に楽団がいてなどと夢を見ていられます。この部屋で一見して欲しいのが、”眠れるヘルマプロディートス”の彫刻。 美青年が妖精に犯されて両性具有者になっちゃった、というギリシャ神話は本当に面白い。前に回って見て見てください。

 

 

 

他にも教科書で、印刷が悪くてよく分からず、なんだか黒っぽい変な形だなと見ていたハンムラビ法典。ルーヴルで1番古い作品、新石器時代のアイン ガザルの人間像などもご案内します。

王家の人達にはあまり人気はありませんでしたが、宮殿だけあってゴージャスな建築を見るだけでも価値のあるルーブル美術館。やはりパリ観光には外せません。

 

 

 

 

 

これがパリジャン!

パリの住人ことパリジャンと言えば、自分勝手、意地悪、流行り物が好き、スノッブ等ろくなイメージがありません。彼らパリジャンの80%はパリジャンであることに誇りを持っているそうです。が、そんなパリジャンだってパリ生まれのバリバリのパリジャンなんて22%しかいません。

”アムールの街パリ”のシンボル、エッフェル塔の2階のアラン ドュカスのレストランでは1日平均世界中から来た2カップルが結婚の申し込みをするそうです。世の中ロマンチックな人が多いようです。そこの住人パリジャンは1日4,5組のカップルが結婚をします。他の街の平均は3,5組です。離婚率はパリは群を抜いているのかと思いきや、他の街同様50%だそうです。
その結婚カップルの18%はパリでは同性婚、他の街では3%と大きな違いがあります。それにしても何故ゲイのカップルって皆フレンチブルドッグを飼っているんですかね。
まぁ、その3人の様子はとても様になってはいるのですが。。。
普通に結婚して、子供でも出来りゃ、狭いアパート住まいで公害だらけのパリから出て行く人が多くなります。新幹線がぐんぐん速くなったお陰で、ボルドーやナントなどにパリジャンが住み始めて、そんな地方都市の土地の値段がウナギの様に上り、住民からパリジャンの所為だ、と迷惑がられているのも知らん顔で、空気は良いし、家は2倍に大きくなったし、家族でゆっくりできる時間が多くなって我々は幸せです。なんてニコニコ顔の元パリジャン。

パリジャンの60%近くは大学以上の学歴があります。よって失業率も他は平均9,7%の所、パリでは7,8%となっています。
日本からのお客様のパリの不思議ランキングのトップの方に、”何故いつも、何処のキャフェも人が一杯いるのですか?あの人達の仕事は?” ”お天気の良い公園に何故平日のお昼間にいい大人がベンチに座っているのですか?お仕事は?”があります。
パリの失業率は東京のそれの2倍ぐらいはあるとしも、パリジャンはキャフェが大好き、人と話すのが大好き、日向ぼっこが大好き、散歩が大好き。フリーの人もずっと1日中仕事場に籠っていることはありません。真面目に仕事の話をしに行っても直ぐ、ちょっとキャフェに行こうよ、ちょっとその辺歩こうよとか言い出します。オフィス勤めの人にも、今席を外しています、と中々電話がつながりません。

パリジャンの意外な面は、15歳以上のパリジャンの30%近くはボランティアをしているという事です。
地下鉄でお金頂戴と回ってくる物貰いにお金をあげる人が結構います。それも若者がちびたお財布を取りだしているのを見ると、これも結局は宗教に骨を組み立てられたヨーロッパ人だからなのかと思うのです。

世界ハチミツ大会でパリ20区で作られたハチミツが2等賞になったそうです。農薬を使わないし、思いのほか公園や森があるパリは蜂にとっては居心地がいいようです。グランパレ、リュクサンブルグ公園などパリ市内何か所かに養蜂場があって、美味しいハチミツが作られています。ぶどう畑も何か所かありワインを作っていますがこれはいただけません。

パリ市内では、半数以上のパリジャンが徒歩移動をするそうです。日曜日は迷惑な事に毎週のようにマラソンやスポーツ大会をやっています。食べ物は絶対ビオと頑ななパリジャンも益々増えてきています。今のパリジャン、健康に気をつけて、”心身共に健やかに!”がキーワードです。

 

 

 

 

交渉する術

前回のブログでフランスの規律のあやふやさに触れましたが、今度もあらまぁ~な出来事がありました。
革命記念日ことパリ祭こと、色々な呼び名がある7月14日。私の好きな祝日です。朝10時からのシャンゼリゼの軍隊や警察やらフランスを守っている職業の人たちの行進は、家に居る限り欠かさずテレヴィで見ます。家の前を通って基地へ帰って行く戦車などにも手を振ったりします。

エッフェル塔をバックにしたシャン ドゥ マルスのコンサート&花火も嫌いではありません。が、あまりの人で行く勇気が年々なくなっています。今年はいろいろな事情が重なって行くかもしれないかなと迷っている時、テレヴィで明日のコンサートはキャプソン兄弟が出るというのを聞いて、かなり行く方向へ心が動き、よし!行くぞと気合いを入れたのが夜中です。寝ながらピクニックのメニューを決めました。

当日、同じ方向から行く我々3人が先ず到着。シャン ドゥ マルスへ入る段階で警察によるセキュリティーチェックがありました。去年ニースで7月14日の花火大会でトラックが突っ込む戯け行為があったし、トランプがパリにいたのでピリピリの警戒態勢です。すっかりげんなりなったのですがここまで来たからにゃあ行くわよ。
やっと順番が回ってきたら何と、アルコール禁止!選別した私の美味しいワインが2本没収されました。道理でチェックポイン近くがアルコール臭かったわけだ。慌てて喉にワインやビールを流し込んでいた人はそういう事だったんだ。帰る時持って帰るからそこに置いておいて、と言ったら、自分はワインのガードマンじゃありません!とすげない態度。おまけにペットボトルに作ったほうじ茶まで怪しんで、蓋を開けて調べたりして嫌な感じ。ワイン無しのピクニック!!とここで又大きくげんなり。
 

もう2度と来ないこんな所と思いながらも、座る場所を確保したりなんだりしているところへ、他の4人が到着。ワイン取られた!と悲しむ私に、僕は持ってきたよ。
へっ!どうやって?と喜び不思議がる私。チェックしている警察と話していて、ガラス瓶が危険だから、という理由らしいみたいなことをほのめかしたらしいのです。
それならば、と近くのお店で水を買って、水を捨ててワインを入れて、まんまと5本のワインを持ち込んだという事です。通る時、人には言わないようにと注意はされたようですが。しかし、ちとおかしい、私のお茶のペットボトルもチェックされたのに。周りをいくら見渡してもアルコールを飲んでいるのは私達だけでした。
フランス人ってこういう時の交渉術に大変長けているんです。よしよしと頭を撫でてあげたら、又買ってくると買いに行きました。私はその間帰ってしまいましたが、再びチェックポイントを上手く突破したようです。
何事も担当者次第のフランス、クソッ!とやった!のサプライズだらけです。

 

 

 

 

春、夏に向けてお勧めパリの名所

パリは毎年来てますの、の方でも中々経験しないパリの名所、それはサン マルタン運河のクルージングです。これからの季節是非お勧めします。という事で、パリ19区のヴィレット流域にある水門にお勉強しに行ってきました。
事の始まりは16世紀まで遡ります。パリに農産物や薪、建築資材を運ぶ為に運河が建設されました。今の様になったのは19世紀にナポレオン1世がパリに飲料水を運ぶ為、セーヌ河とウルク河を結ぶ水路として開発しました。パリ郊外まで全長130kmにも及びます。しかし土地は平たんではなく高低差があります。水を堰き止めて、水を貯めたり、流したりして進行先の水面の高さに合わせるというステップ バイ ステップで船はのんびり進んで行くとうからくりです。上流に向かう船、下流に向かう船が交互に行きかえば合理的に行くのですが、同じ方向に行く船が続くと、せっかく貯めた水を流して、又やり直しというなんとも頭が悪いのかと疑うような仕組みです。
もちろん、こんな手間暇と大量の水を使用するので通行料もかかります。1トンに付き0,047セント。だたし、荷を積んでいる時だけで空の状態だと無料だそうです。

運河運行には免許がいらないので、誰でも船をレンタルして船長さんになれるそうです。時々上手く水門から入れなくてガタンガタンぶつける人もいるようですが、大した事故は起こらないそうです。道に迷うこともないし。

コントロール室、皆のんびり仲良しな職場の雰囲気。アホな質問にも優しく答えてくれます。

有効深、扉室、閘室、階壁、などなど日本語でも聞いたことがないような言葉の嵐を楽しみました。

 

 

 

 

 

パリにはサン ドゥ二運河、ルルク運河、サン マルタン運河の3つの運河が関わっています。クルージングをするのはパリ4区、バスチーユ広場近くのアルセナルポートと19区のヴィレット公園の間のサン マルタン運河4,5kmを2時間30分かけてパリの下町をゆったりゆったりクルージングしていきます。
この間4つの水門、地下、船を通過させる為ぐるりと動く道などを楽しめます。

 

 

とてもフォトジェニックなので、よく映画の撮影にも使われます。古い映画では”北ホテル”、最近では”アメリ”、”パリ、恋人たちの2日間”など、次回のミッション インポッシブルでもトム クルーズはこのサン マルタン運河で活躍する予定だそうです。日本のアンリ カルチエ ブレッソンと言われた木村伊兵衛もサン マルタン運河で素敵な写真を撮りました。

 

益々パリが好きになるのは請け合いです。問題は1日3便しかないんだな。それからイラチな方には向かないかもしれません。時速6kmが制限速度ですから。

 

 

 

 

パリの動物園

パリジャンが動物園へ行こうと思ったら先ずはヴァンセンヌの森の動物園。6年間工事の為閉鎖していて、2014年に再オープンしました。気になりながらも、行けずに2年。やっと先日行ってきました。

なんだか何処もつるつる綺麗で動物園らしくなく、そっけない感じ。物足りなくて、日を改めて植物公園の中の動物園にも行ってきました。

動物園で一番好きなのはあの動物達の匂い。きっと私は前世は動物園に寄生していた雀かなんかだったんだと思います。
ヴァンセンヌの森の動物園は1934年のオープン。ここ植物公園の動物園は1794年オープンの世界最古の動物園の1つです。


この動物園の素敵な所は、動物達の小屋がレトロですっごくかわいらしいのです。私も此処に住みたいと羨ましい限り。

そして古いだけあって、色々な逸話があります。
フランスで始めてのキリンが来たのもこの動物園です。このキリンはシャルル10世がエジプトから貰ったプレゼントです。エジプトからマルセイユに船で到着したキリンは、なんと780KMの道のりを歩いてパリまで来ました。道々そりゃ皆を仰天させた、大スペクタクルだったことでしょう。
未だ1歳のキリンちゃんに、動物園の園長さんや憲兵の付き添いに混じって牛も3頭同行しました。キリンちゃんにミルクを提供する為です。要は乳母。
ゆったり、ゆったり7ヶ月ぐらいかけてマルセイユ、パリ間を歩いたキリンちゃんは18歳で天昇するまで、ずっとパリの植物公園内の動物園で過ごしました。

セーヌ河の横、オステルリッツ駅の前、車がブンブン通るパリ中ですが、17世紀、ルイ13世の薬草園が始まりという歴史深いこの植物園もそして園内の博物館も動物園もオアシスのようです。深呼吸をしにいらしてください。