”やはり1本は確実に折れていますね” と言われて、えええええ~ぇ!!!!となったのは、その言葉でなく彼が振りかざしている紙切れです。
私の常識では、薄い下敷きみたいなのを、電気が点いているパネルにサクッとさして、ボールペンの先でこれこれと指しながら説明してくれるのがレントゲンってものです。それがただのコピー用紙ですよ、今時のレントゲンって!

ひょんな不幸から肋骨をぶつけてしまい、映画の場面で見るのそっくりな本当に震えがくる痛さに見舞われました。肋骨が2,3本ボキバキ折れて、内臓に突き刺さっていると確信しなければあり得ない痛さ。なので折れていると言われて、当たり前やんかと今更でした。

痛さに疲れ果てて眠ったようです。丁度週末なので朝帰りの息子はお昼過ぎに起きてきて、私の状況には気が付きません。
はて?おかんは居るのか?お昼はどうなってんか?とやっと思い付いた息子が見に来て、ベッドで死んでいる私を発見。
その時はあまりの痛さにどこが痛いのか分からず、”背中が痛すぎて動けない”と訴えると、”あっそっ”と通りすがろうとします。”お医者さん呼ばなきゃ”と言ったとたん、5W1Hの質問攻め。ただの怠け癖でベッドから出ないのだと思ったようです。
それからの彼の献身というか何というかの看護振りには語り草になります。

緊急往診を呼べば、ものの5分で来てくれるものとの考えは大いに外れ、3時間位経ってせかせか来た医者。往診を頼んだ電話を切るや否や、きちんとワイシャツに着替えた我息子。てっきり出かけるのかと思ったら、お医者さんを家に迎える為のマナーでした。
脇腹見せろ、背中見せろと言われても、リクエストに中々答えられません。声を出して胸振しても痛いんですから、説明するのすら心もとないです。
横で構えている息子は手にノートとペンを持ち、医者の言う事を速記しています。
おまけに、どんな態勢でいるのが良いのか、食事に関しての注意は? 患部は温めていいのか、冷やしていいのか?
本人が望めは入浴してもいいのか?母は日本人だしこんなにチビなのでフランス人と同量の薬で良いのか?などなどいらん質問攻め。

即薬を買いに行き、3種類の薬の長ったらしいい能書きを隅々まで読んで、私に副作用の説明をし、吐き気用の洗面器、ティッシュ、水、本、メガネ、クッション一杯、毛布一杯、スマートフォン(充電しながら)を私の周りに並べ、何かあったら直ぐ来るからね、と部屋へ下がりました。本当に本当?と思って声を出して呼ぶのは痛すぎるので、SMSで ”SOS” と送信ボタンを押すや否や飛んできました。ドアの外で待機してたの?の不気味さです。
アヘンをたっぷり含んだ薬のお陰でうつらうつらしていたのですが、痛みで体を動かせないので、数時間で床ずれするんじゃないかと思うような不快感。
30分置き位に様子を見にきて、目を覚ましていれば、飲まないのに熱いお茶を入れて、寝ていれば布団を整え。
その時の彼の顔付はヴェテラン婦長さんそのものでした。

翌日、レントゲン写真を撮りに行くにも動けないので救急車を息子が手配しました。平日なので私一人で救急車で行ったのですが、その救急隊員達が何となく引っかかる感じだったんです。とっても優しくて、丁寧だったんですけれども。。。

数日後お見舞いに来てくれた友達に救急車に乗った、と自慢したら、救急隊員は刑務所から出た人達の最初の仕事だよ、と聞いてなるほど!と膝を打ったわけです。

往診に来てくれた医者は折れていたら3か月は痛みがあるから薬を飲み続ける必要があると話しました。
レントゲンの為、病院で待っている間、どうしたどうしたと何度もSMS攻撃をしてきた息子に、レントゲンの結果折れてたと伝えると、ってことは3か月おかんは動けないのか?と真っ青の返信。

で、思ったんです。もちろん身近な家族や友達が病気、怪我などで苦しんでいるのはとても辛くて心配です。でもその心情って、その状況その物が耐えがたいというのではないでしょうか。今回の場合、夜学校から帰ってきても、家は暗くおかんはベッド、ご飯は直ぐに食べられない、食器洗いはしなきゃならない、洗濯物は溜まっている、という悲しい日々だったわけです。この状況でおかんの世話を3か月もするのかと絶望してもおかしくありません。

あのイヤな薬飲まないでも何とか大丈夫そう、と報告すると、2カ月は飲んで、無理はしないように!今大事にしておかないと、又直ぐ折れちゃうよ!と婦長さん顔で諭されました。