キフキフパリはなかなかどうして手芸関係に強いんです。ご案内する私はと申しますと、これがボタンを付けるのもまどろっこしい有様です。ボタンの穴に針を刺し、裏に回ると、どの穴から入ったのか分からなくなり同じ穴に逆戻りしたりして、特に4つ穴のボタンは悲惨な状態になります。
真っすぐ額縁を掛けるのも、真っすぐテープを張るのも、真っすぐ歩くのも、真っすぐ立つのもままならない私は、カーテンも縫うことはできないに決まっています。
このような大きなハンディ―キャップがあるものですから、手先を器用に動かして、なにやら素敵な物を作れる人は手品師様です。

手芸ガールが大好きなトワル ドゥ ジュイの町に行ってきました。一番行きやすいのは、パリのオステルリッツ駅からRER B号線に永遠に乗って1時間ちょっと。
ジュイ オン ジョザス(JOUY-EN-JOSAS)で降ります。
サイトには観光局が駅を降りた左側にあって営業時間帯まできちんと載っていたのに、それらしき建物は公衆トイレかと思った姿で誰もいません。
駅舎もクローズ。暇こいていたバスの運転手はトワル ドゥ ジュイという名前すら知らない様子。鳩が豆鉄砲の顔です。ホームの駅名をも一度確認したほどです。
なんなのこれ!とムッとしていると、電車の車掌さんが7,8人歩いてきました。にっこり可愛く近づいて行くと、にっこり愛想よく7,8人の顔がこっちを見ます。
「トワル ドゥ ジュイの美術館へ行きたいんですが。。。」
「おい、ピエール美術館だとよ。」
「ピールは美術館好きなんだよ」
聞かれたピエールは思案顔。「あっちが町だから町の方にあるさ」
「あっちってどっち?どうやって行くんですか?」
1人のしっかり者のおばちゃんがグーグルマップで”トワル ドゥ ジュイ美術館ね”と言いながら検索し始めました。
私は充電したまま携帯を相変わらず忘れてきていました。
そのうち、2,3人の人もそやそやと検索し始めました。
「皆さん、ここらに住んでいらっしゃるんではないのですか?」
「まさか」
道理で誰も知らない訳だ。それにしてもトワル ドゥ ジュイって有名なはずなんだけどな。それしかない町だし。
グーグルマップで検索した全員が画面を私に見せながら、ほれ、ここ真っすぐ行って、斜め右の方へ向かって。。。。
と自信満々に説明してくれました。
「どうもお世話様」とお礼を言った私の後ろ姿を”正しい”方向へ行くか全員で見張っています。しかし、木の陰に逆の方向になって「トワル ドゥ ジュイ美術館あっち」の標識を発見。振り向けば、皆が標識と逆を指さしています。ご親切を無為にする勇気もなく、うんと頷いて取りあえず町の中心はあっちなんだから町を見てこよう、教会ぐらいはあるだろう。本当に町役場と教会しかなかったので、役場で美術館の位置を確認し引き返しました。

19世紀ではヨーロッパ最大の繊維工場でした。今ではここ、元レグランチィヌ城だった美術館で当時を忍ぶのみ。

 

 

 

 

 

マリー アントワネットもドレスやヴェルサイユ宮殿の部屋の装飾にジュイの生地を愛用していました。

 

 

 

 

 

ジュイファンが狂喜する美術館内のお土産屋さん

 

 

 

 

 

 

ジュイ生地の専門店が町にたった1件あります。以前はパリのパッシーにもあったのですが、ブティックのオーナーのおばちゃんは機嫌悪そうに、もうここ1本に絞ってやっていくことにしたの。ここだっていつまでやっていけるか、と憤懣やるかたなき気持ちを堪えている様子でした。

 

 

 

パリでも、素敵な手芸店がどんどん無くなってきています。糸1巻き、ボタン1つなどと売っていたんじゃ商売にならないぐらいパリは家賃が高いのでしょう。
今、頑張っている小さなチャーミングなお店もどこもかなり苦しそうです。
今じゃ、手芸用品はネットで買うのが主流です。
お店で手に取ってあーだこーだするのが楽しいんだろうに。あの雰囲気の中にいるだけで幸せになるんだろうに。誠に残念なことです。