ある晴れた午前中、マレ地区の人も疎らな裏道を歩いていました。前から男女3人の人が歩いてきます。
反対から歩いてくるあたしの事など全く目に入っていない様子で話しに没頭している様子。
人目でその中の一人を娼婦と見て取りました。全く普通の格好をしているのですが、なんだか居心地というか着心地が悪そうにしています。服という物と相容れない感じ。
ようよう、こんなに体の何処もかしこもが服に包まれているのに我慢の袋がぶち切れたのか、私とすれ違いざま、もにょりと己のおっぱいをブラウスから引っ張りだしました。直ぐに仕舞い直したのですが、日頃風通しのいい状態のおっぱいが窒息死しそうだったんでしょうね。

パリ市内にも今でも娼婦街があります。一番有名なのが昔からのサンドニ街でしょうか。昼でも爆弾みたいなおばちゃん達がデンと立っています。彼女達を見るたびに男の人達の感覚が知れないと感動します。
少し離れた、サンドニ門の周りは最近中国人の娼婦が進出しています。どの分野でも中国はパワフルです。彼女達は八百屋にネギを買いに来たついでみたいな様子のたたずまいなので、あたしなんかもうかうか歩いていると間違えられたりします。

マレのおっぱい娼婦に出くわして思い出したのが、ルネッサンス時代のローマの娼婦達の話。
娼婦にも階級があって、『名誉ある娼婦』 『下位の娼婦』 『ろうそく娼婦』とあったそうです。『名誉ある娼婦』はご贔屓さんをおもてなしする為、教養高く、テーブルコーディネートのセンスが抜群で、美人さんで、貴族のような贅沢優美な生活をしていたんですって。
『ろうそく娼婦』なんて面白い名前は、召使がいないから自分でろうそくを灯さなければならないような階級の娼婦についたそうです。
ってことは、上等な娼婦は召使まで持っていたんですね。
要は、自由奔放な貴族のお嬢さんみたいなもんか。

当時の未婚のお嬢様は人前に出ることは許されませんでした。今のサウジアラビアあたりの頑固なイスラム教徒の女性より不自由な身でした。未亡人はそく修道院行き。
世界中から僧侶や旅人やらの男衆が集まるローマでは、娼婦は必需人です。
『ローマは聖都だが、人間は罪深い』ということわざがあったそうです。

教会でも前の特等席に娼婦達は座っていたそうです。

今の世の中きっと世界中で同じ現象かと思いますが、ウッヒョーと口が開きっぱなしになるような美人でスタイル抜群の娼婦は男です。
ブーローニュの森近辺は特に多いそうですよ。

全く持って男の人ってねー。