昔昔、私でもまだいたいけな嬢ちゃんだった頃、外国に出た日本女性で一番感じが悪いのがパリの日本人女性と言うのが、私の家での根強い言い伝えでした。

そんなおっとろしい国へ行くという私をそりゃあ家族全員心底心配しました。

それから月日が経ち,なんだかんだで2011年です。

11月21日から6日間、『イデ ジャポン』という日本の主にアーティスト作品の展示会がパリで開催されました。

ご縁があり今回お手伝いさせて頂きました。

そういった展示会は女性が主役です。

在仏40年、30年なんていう日本マダムたちがぞろりといらっしゃいます。

正しく当時我が家で怖がっていたパリの日本女性達です。

そこまでいかなくても、在仏20年前後というのが平均的な環境でした。

パリの日本人会とか、何にも参加していない私にとってこんなに多くの日本人の女性と長い時間一緒にいたのは初めてです。

びっくりした事に皆元気で気さくで楽しい方たちなんです。

初めて会った人ともリラックスしてゲラゲラ笑いながら面白がって一日過ごしていました。

皆シンプルなんです。日本人独特の複雑怪奇さがないんです。

お客さんがいてもおせんべの臭い匂いを振りまきながら平気でおやつしたり、夕方はワイン飲みながら接客したりで好き勝手です。

スイスで日本の会社で働いていた友達がりんご食べたらクビになったという話を思い出し、その事を隣の人に言ったら、『あーたそりゃあたりまえよ、だって日本の会社だもん』なんてお饅頭を頬張りながら頷いていました。

最終日、やれやれ面白かったね!又ねー!と言い合い皆さっさとそれぞれ帰って行きました。

このラクな感覚は何かなと考えていたんですが、『まーしょうがないよ』という心を皆持っているんではないでしょうか?

『しょうがない』には、放棄、諦めのマイナスの方向と寛容のプラスの方向があると思います。

自分の国を出ると、とたんに、『何故?』 『ありえない!』 『コペルニクス的大転換!』という場面に散々ぶち当たる羽目になります。

そんな試練をくぐっているとヴァラエティーに富んだ物事を受付ていかなければ、頭は爆発して心は止まってしまうでしょう。

なので、まぁそー言う事もあり得る。そんな考えがあってもいい。と心を大きく開いているのだと思います。

しかしこの『寛容』も見る人によると、『ずさん』 『いい加減』と思う事にもなるでしょう。

あくまでもトイレットペーパーの切れ端が三角に折ってあるようなトイレを不気味に思う私だから、あーらくちんだわと感じる『寛容』です。

 

 

日本から荷物を背負って参加した方もいらっしゃいます。
 

 

パリにこんなに手先の器用な日本人が大勢いるのかとびっくりして、皆に『まー器用だ事!』と言い振りまいていました。